「ソフトウェア製品のライセンス取引に関する独禁法上の考え方について」

情産14-23
平成14年1月31日

公正取引委員会事務総局
経済取引局取引部取引企画課 御中

社団法人 情報サービス産業協会

「ソフトウェア製品のライセンス取引に関する独禁法上の考え方について」

拝啓 時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。また、日頃はご指導を賜りありがとうございます。

当協会は、ソフトウェアの受託開発(システムインテグレーションサービス)、ソフトウェアを含む情報システムのアウトソーシング、ソフトウェア製品の企画開発販売等を手がける会員から構成される事業者団体です。

当業界でもソフトウェア製品のライセンス取引が頻繁に行われており、当協会会員は、場合に応じ、ライセンサー又はライセンシー(エンドユーザ)として、あるいはエンドユーザにソフトウェア製品をサブライセンスするための代理店等として取扱っております。

今般、貴委員会において、ソフトウェア製品のライセンス取引に関する独禁法上の考え方を明確化するための検討が行われているところ、当業界におけるソフトウェア製品のライセンス取引の実情を踏まえ、下記のとおり要望事項をとりまとめましたので、併せてご検討をいただきたくよろしくお願い申し上げます。

敬具

(備考)
なお、ここにいう「ソフトウェア製品」には、プログラム(ソースコード、オブジェクトコードを問わず著作権法2条1項10号の2にいう「プログラム」を意味します。)のほか、関連するドキュメント(設計書、操作マニュアル等)及びこれらに含まれるデータもしくは情報そのものを含むものとします。しかし、「ソフトウェア製品のライセンス取引」には、著作物の流通としての側面と同時に技術取引の側面を有している特殊性があり、このような技術取引の側面をもたない音楽・映像・ゲームソフト等の著作物の取引については、別の観点からの詳細な考察が必要であり、新指針の対象範囲とする必要はないと思われます。

また、「ライセンス取引」とは、ライセンス契約又は使用許諾契約という名称で契約を締結する取引ばかりではなく、対象製品及びこれに含まれるデータもしくは情報を使用又は販売するために必要な行為(複製、貸与、譲渡、送信可能化その他著作権法21条ないし28条に掲げる支分権の対象となる行為を含みますがこれに限定されません。)を許諾するための取引を含むものとし、例えば販売代理店契約又は非開示契約も含まれます。


1.指針の必要性

技術取引全般については、「特許ノウハウライセンス契約にかかわる独占禁止法上の指針(平成11年7月)」が適用されるものの、以下に見るように曖昧な点があり、ライセンサーがライセンシーとの交渉力の格差を濫用して、ソフトウェア市場又は関連するサービス市場における競争を阻害する行為を行ったとしても、ライセンシーが違法性を指摘できる場合は数少なく、またライセンサーとしての立場でもコンプライアンスに問題があるため、ソフトウェア製品の具体的取引の適法性を確認するために役立つような実務的な指針が必要である。

ソフトウェア製品のライセンス取引は、特許や営業秘密として保護される技術取引としての側面を持つことから、その点においては、「特許ノウハウライセンス契約にかかわる独占禁止法上の指針」(以下「特ノガイドライン」という。)が適用されるものとして実務上の取り扱いを行ってきてはいるものの、ソフトウェア製品については、その全てが特許法上の保護を受けるものでもなく、特許法上の保護を受けている機能は一部分に限られ、その他の部分については公知公用である。またノウハウとしての保護の側面から検討しても、市販されているパッケージ・ソフトウェアにおいて、そのソースコードに含まれる情報は、秘密管理性など「営業秘密」の要件を満たすかどうかは疑義のあるところであって、上記指針にいうノウハウとしての保護の及ぶところであるのかなど曖昧である。

また、著作権で保護されているというソフトウェアの側面については、特ノガイドライン第1の「3 本指針の適用(1)においては、「他方、特許又はノウハウ以外の知的財産権については、本指針の考え方がそのまま適用されるものではないが、これらの権利の排他性には特許又はノウハウの場合と比べて相違がみられることから、その権利の性格に即して可能な範囲内で本指針の考え方が準用されるものである」と記載されていることから、ソフトウェア取引において特許ノウハウといえない部分についての独占禁止法の考え方に曖昧な点があるという問題意識が事業者間において共有されているところである。

2.指針の方向性

ソフトウェア製品のライセンス取引に着目した指針策定にあたっては、特ノガイドラインの対象となっている特許やノウハウのような技術とは異なるソフトウェア製品の次のような特性に配慮していただきたい。

(1) ソフトウェア製品産業は、活発なイノベーションに支えられている。国内のソフトウェア市場も、海外で製造されたソフトウェアがネットワークを通して瞬時に国内に導入されるという点で世界規模でのイノベーションの影響を受けている。新たな指針は、このイノベーションを活性化し促進させることを意識して作成されることを明記していただきたい。
(2) ソフトウェア製品を使用するには、使用許諾契約(ライセンス契約)を締結するという取引慣行があるため、この取引慣行を独禁法上どのようなものと位置付けるか、これまでの著作権法や契約法をめぐる議論を踏まえ、この点については特に慎重に検討していただき、拙速に結論を出すよりは、これまでの議論を整理する検討結果をご公表いただきたい。なお、この使用許諾契約は、特許・ノウハウ等の技術の実施許諾契約とパラレルな条文構成で起案され、また海外におけるライセンス契約のひながたの和訳が多く、わが国の著作権法等の諸規定との対応関係すら不明確である。プログラムの購入者がプログラムをインストールする(=複製)など著作権者が専有する権利を行使するためには、著作権法には定義されていない「使用権」を取得するための使用許諾契約を締結しなければならず、著作権法においては許容されている行為が契約で制限されることもある。
(3) ソフトウェア製品は、著作権の保護の対象となる著作物ではあるが、文芸学術の著作物や音楽のような著作物と異なり、工業的生産物として動作することが求められるという点で実用的な性格をもっている。また、他の多くの工業生産物のように単独で稼動すればよいのではなく、他のソフトウェア製品、ハードウェア、データとの相互運用性(interoperability)が重視されるものであることに留意する必要がある。相互運用性を確保するために必要な情報(以下「インターフェース情報」という。)がソフトウェア製品の開発者から提供されなかった場合、ソフトウェア製品を解析し、インターフェース情報の抽出を行うことに伴い一時的な複製が生じる場合にこれが著作権を形式的に侵害する行為が介在していたとしても、研究開発意欲を減殺させるなど競争秩序に影響をもたらすのであれば、著作権法に基づく権利の行使とみられる行為であっても独禁法違反となり得ることを明記していただく必要がある。他方、相互運用性を確保するための他の手段があり、かつノウハウの保護など解析を禁止することに正当な理由がある場合、解析禁止条項が不当なものでない場合も明記していただきたい。
(4) ソフトウェア製品は、多くのユーザが同じものを使うことによって利便性が高まるという「ネットワーク効果」を有していることにより、あるソフトウェアが市場において一定のシェアを占めると急速にシェアをのばし、支配力を有することに配慮し、ネットワーク効果を獲得して事実上の標準となったソフトウェア製品について、ネットワーク効果を濫用する行為(機能の複合化による顧客の囲い込み)があれば、独禁法上問題となり得る場合があることを明記していただきたい。
(5) いったん一つのソフトウェア製品を使用しはじめると、ソフトウェアの労力及び時間などのコスト(ソフトウェア製品それ自体導入のコストのみならず、稼動環境としてのハードウェアの設備投資、操作への習得、ソフトウェア製品により作成されたデータ利用等に要したコストを含む。)もあって、単に代替製品がないということではなく他のソフトウェアにのりかえにくいというロックイン効果が生じることもある。他のソフトウェアへの乗り換えにくさを利用して、使用者又はライセンシーに制約(競合ソフトの使用制限、自社製品等の導入の要請、一方的な保守料設定、ソフトウェアの担保責任免責、頻繁なバージョンアップ等)を課すことにより、さらに市場支配力を強める動きをとりやすいことに留意し、ロックイン効果を濫用してライセンシーに不利益をもたらす行為が独禁法上問題となり得る場合があることを明記していただきたい。
(6) ソフトウェア製品と一口にいっても、アプリケーション、サービスなど他のソフトウェア、ハードウェア資源の共通のプラットフォームとなり得るOSやDB等のソフトウェアについては、先述のネットワーク効果及びロックイン効果が生じやすく、かつ維持されやすく、また濫用されやすいことに配慮し、独禁法の適用にあたっては、ソフトウェア製品の個別の機能や役割に応じて、他のソフトウェア、ハードウェア資源に共通のプラットフォーム機能を持つか否かを検討すべきことを明記していただきたい。他方で、技術革新のさなかにある新しい技術を普及させる段階では、一定の拘束条件を課さなければ、技術の普及又は研究開発投資が回収できない場合もあることに配慮いただき、独禁法の適用が緩和されることも明記いただきたい。
(7) システム・インテグレータは、直接のソフト使用者になる場合もあれば、同時に同じソフトウェアについてエンドユーザとライセンサーとの間で他のソフトとの機能の統合や独自の追加機能を実現するソフトウェアの提供を行わなければならないことがある。システム・インテグレータのかかる統合への作業があって、エンドユーザの望むシステム利用が可能になる反面、仲介者としてライセンサーとユーザの板ばさみになって、サブライセンスの条件や追加機能ソフトウェアの権利帰属において不公平な契約条件に応じざるを得なくなることがある。このように、交渉力の格差によりシステム・インテグレータが独禁法に反する取引条件への同意を要請された場合、エンドユーザに同様の取引条件を課さざるを得ないとすれば、取引当事者全体を見て、システム・インテグレータに独禁法違反についてやむを得ない事情があることに配慮いただきたい。

以 上

  •  

このページの先頭へ▲