グローバルビジネスと国際標準化

国際標準を提案し、規格化することはグローバルビジネスを行う企業にとって、市場を制覇するチャンスとなるだけではありません。他国の企業や団体が別の規格を提案し、それが国際標準となった場合は、自国での市場や自国の政府調達でも、その国際標準に適合した製品が優先されることになります。
国際標準は自ら提案するばかりでなく、新しい標準をいち早く取り入れ、自社の保有・得意技術として積極的に売り込むことも非常に重要です。

グローバルビジネスの国際標準化戦略

 自社の提案する規格が、国際標準を獲得することはグローバルにビジネスを展開する大企業にとって、市場を制覇するという積極的な意味を持つだけではない。他国の企業や団体が別の規格を提案し、それがデジュール国際標準の地位を得た場合は、自国での市場、特にWTO/GP協定によって、自国の政府調達でも国際標準に適合した製品が優先され、国内企業が策定した規格に基づいた製品が販売できないこともある。
 また、ISO9001、ISO14001などのマネジメント規格群は、そのマネジメント手順に従った企業のビジネス運営がなされなければ、国際的にその企業の製品・サービスが輸出が輸出しにくくなる。そして、企業がこのマネジメント規格を順守し、適合性を保証するためには、多くの努力を必要とする。
 従来は製品の品質に関する規格、部品の互換性に関する規格が、国際標準の中心であったが、20世紀末から電子的な情報インフラに関する規格が、デジュールの国際標準として策定されることが多くなっている。その例としては無線LAN、デジタル放送などのネットワーク通信分野、RFID、非接触型ICカードなどのスマートメディア分野、暗号化、電子証明、個人認証などのセキュリティー分野などがあげられる。今後も自動車などのエネルギー源としてバッテリーが注目されていることから、関連する電池の性能やコネクターなどの規格の国際標準化が進展すると考えられる。
 こうした分野において、急速に技術革新や生産技術の高度化を図っている、アメリカ、ヨーロッパ、日本、そして韓国、中国などの大企業間での国際標準規格の獲得競争が激化しており、今後も競争が継続することが想定される。

グローバル企業の国際標準化提案事例

 これまでに、国際標準規格の獲得を巡って、日本、アメリカ、ヨーロッパなどの企業が競争を行った二つの事例を紹介する。

1.Office Open XML
 WindowsとMicrosoft Officeで、PCのOSとオフィスアプリケーションのデファクトを維持しているマイクロソフト社は、2005年に自社のOfficeシリーズで策定した文書交換フォーマットOOXMLを民間企業が中心となる情報通信関連の標準策定団体Ecma Internationalに提案した。EcmaはISO/IECのリエゾンであり、FTP制度によってEcma規格をISO/IECに提案できる道を持っている。2006年にはOOXMLがEcma標準となり、その後ISO/IEC JTC1/SC34に提案され、ISO/IEC内の様々な議論や投票はあったものの、2008年には、OOXMLがISO/IEC29500として国際規格化された。
 文書フォーマットとしては、2006年にOASISが策定したODF(OpenDocument Format)がISO/IEC 26300に、アメリカのアドビ社が策定したPDFが2008年にISO 32000-1に規格化されており、マイクロソフト社は従来のデファクト路線を踏襲せず、デジュール国際規格として、自社製品の文書フォーマットを位置づける必要性に迫られたと考えられる。
 マイクロソフト社はEcmaという民間標準団体の持っていた機能を有効に利用し、迅速に自社規格を国際標準に格上げすることを可能としたのである。

2.非接触型ICカード
 鉄道の定期券やプリペイドカードとして、非接触型ICカードが日常的に利用されている。関東圏ではSuica、Pasmo、関西圏ではICOKAなどと呼ばれているものである。この規格の非接触型ICカードは、現在7000万枚以上が発行されている。これはソニー社が規格を策定したFelicaというタイプのものである。
 この非接触型ICカードの規格は、ISO/IEC JTC1 SC17(カード規格分化委員会)で、ISO/IEC14443として審議された。規格の範囲は通信距離が10センチ以内の近接型の非接触ICカードであり、カードの物理的な形状、無線通信の速度、衝突検知の方法、および通信プロトコルなどを規定している。この国際標準規格には、2種類のタイプが規定されている。
 タイプAはオランダのロイヤル・フィリップス・エレクトロニクス社が提案した近接型の非接触型ICカードの方式であり、タイプBはアメリカのモトローラ社が提案した近接型の非接触型ICカードの方式である。タイプAに準拠した非接触型ICカードは、ヨーロッパやアジアで、鉄道などのカードや身分証明書用として利用されており、タイプBに準拠した非接触IC型カードは、わが国の住民基本台帳カードやクレジットカードとして利用されている。
 わが国(ソニー)からFelicaの規格が、ISO/IEC14443の定義にタイプCとして追加されるようISO/IEC JTC1 SC17に提案されたが、1999年に追加の審議拒否がSC17で決定された。その後他の4規格も含めた追加提案がされたが、最終的に2002年にはCタイプも含む5タイプの審議継続が否定された。
 この間2000年には、JR東日本の改札システム更新の入札仕様に対して、国際標準に適合していないタイプCであると、アメリカ企業からWTO提訴があるなど、国際標準化をめぐる争いが激しくなる。SC17におけるISO/IEC14443規格へのタイプCの追加が難しいという判断から、わが国はISO/IEC JTC1/SC6で審議されているNFC(Near Field Communication)の規格としてタイプCを国際標準規格化する戦略に変更した。
 携帯電話などにFelicaの機能を搭載する開発も進められており、わが国は非接触型ICカードを含むより広範囲の規格としてNFCを選択したのである。2002年にはNFCの規格としてヨーロッパ標準(ES 202 007)を獲得するとともに、Ecma InternationalでNFC標準化の審議が新たに開始され、NFC標準(ECMA-340)の採択とISO/IEC JTC1へのFTP制度による提案が決議された。ISO/IEC JTC1/SC6の審議はスムーズで、2004年にはFelicaの仕様を含むISO/IEC18092が正式な国際標準規格として発効した。
 その結果としてFelica仕様の非接触型ICカードは国内で1億枚以上普及し、海外では香港、シンガポール、タイ、インドなどに主に交通機関の乗車券カードとして採用されている。海外へのFelicaチップの輸出は1億5000万枚に上るという。この事例は国際標準化競争を勝ち抜いて、国内市場の確保と海外市場への展開を確実に進めた好事例である。

3.スマートグリッド
 最近のわが国主導の国際規格に、エネルギー問題、電力供給システムの新規アイディアであるスマートグリッド分野のものがある。わが国(東芝)がIECに提案したIEC62656-3である。この規格は送配電分野の各機器間で電力制御情報を交換するための共通情報モデル ( IEC61968/IEC61970)と、全電気・電子分野における製品やサービスの属性のデータベース規格(IEC61360-4DB)の間を接続するためのインタフェース規格)である。この規格によって、送配電のサブシステム間の相互接続性が確実に担保され、各メーカーがこの規格に準拠した機器を製造することで、世界各国で複数のメーカーが提供する電力送配電システムの相互接続が容易になる。現在標準インターフェースのIEC62656が規格として制定され、IEC62656-3は制定途上ではあるが、わが国の標準化提案がスマートグリッドというエネルギー分野の新たな展開に貢献した例であり、この分野におけるわが国の競争力向上に役立つものとなろう。

国際標準化の情報サービス企業への影響

 情報サービス産業も国内外の市場に対して、製品やサービスを提供する企業群であり、国際標準化を意識せずにビジネスを継続することは難しい。この業界に関連する国際標準規格も様々である。それぞれの既存規格は5年程度のサイクルで見直しが行われ、社会情勢の変化に従った改定が行われている。それと同時に新たなニーズによるに新規格が毎年のように制定されており、これらもまたビジネスに影響を与える可能性がある。
 情報サービス産業の関連する国際規格を大きく三つに分け、それぞれの規格群が情報サービス企業にどのように影響するかを取りまとめる。

1.ソフトウェア関連の国際規格
 ソフトウェア関連の国際規格の範囲は非常に広い。言語仕様、ネットワーク仕様などの基本規格から、DBMS、文書フォーマット、マルチメディア、データ交換、セキュリティーなど、我々がサービスあるいはシステムとして組み立てる要素と構成の仕方のほとんどが国際規格として定義されている。この場合の規格はデジュール国際規格としてのISO/IEC JTC1にとどまらす、W3C、OMG、IEEE、OASISなど多くの民間、学会の標準化策定団体も注目する必要がある。
 これまでの情報サービスの歴史は、こうした先端的な技術の標準化策定団体の公表する仕様が何年か後には製品化され、我々が構築するシステムやサービスの構成要素となっていくことの繰り返しである。数年後のビジネスの基本素材として、デジュール国際規格、デファクトである主力民間標準化団体の規格策定状況を常にウォッチし続ける必要がある。

2.マネジメント関連の国際規格
 マネジメント関連のデジュール国際規格であるISO9001(品質マネジメントシステム)、ISO14001(環境マネジメントシステム)、ISO/IEC27001(情報セキュリティーマネジメントシステム)などは、多くの情報サービス企業が認証を取得しており、我々の業界にもなじみの深いものである。マネジメントシスシステムの維持と企業内への浸透には、どの企業も多大な努力が必要とされている。
 これらのマネジメントシステムは、上記の規格のみでなく新たな分野のマネジメント規格が続々と規格化の道を進んでいる。例えば、認証制度が制定されているシステム運用サービスのベストプラクティスISO/IEC20000(旧ITIL)がその例である。それ以外にも、現在認証制度はないが、ガイドラインとして国際規格が発効したプロジェクトマネジメント規格のISO 21500:2012、CSR規格のISO26000:2010、アクセシビリティに関連する規格ISO/IEC 24786:2009やなどがある。
 こうした規格はサービスや製品を提供するためのコンプライアンス条件になることが想定される。今後認証の取得や、自主的な遵守を行うことが情報サービス企業の必要条件となる可能性があり、規格策定や認証メカニズムの確立、運用動向を注目する必要がある。

3.情報インフラ関連の国際規格
 現在の情報インフラ関連国際規格は、Felicaに関連した非接触型ICカードやNFC規格、OOXMLの文書フォーマットに見られる通り、単なる物理的規格に限られるのではなく、様々な関連規格、ソフトウェア仕様を含むものとなる。ある情報インフラの規格が確立し国際標準となれば、各国の社会にそれが普及するとともに、そのインフラに関連したソフトウェア、規格に関連したミドルソフトウェアだけでなく、様々な社会的なアプリケーションソフトウェアの需要が膨大に生まれる。
 実際にFelicaの普及に伴って、交通機関の乗車券システムだけでなく、電子マネー、オフィスやキャンパスのシステム、流通や決済のシステムにFelicaを利用する需要が生まれ、50社以上のFelica関連アプリケーションソフトウェアを提供する企業が登場している。情報サービス企業の新たなビジネスチャンスを創造するためにも、情報インフラに関連する国際規格の策定動向や利用技術を注視し、積極的にキャッチアップすることが必要である。

(2013年12月)

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