標準化と国家戦略

現代のグローバル化した社会では、特定の国が標準化の主導権をとって、その国が優位となる国際規格を策定出来た場合は、その国の産業にとって有力な武器となります。わが国も含め、ヨーロッパ各国、アメリカ、中国などの各国が国家戦略として、国際的標準化競争に勝つための様々な努力を行っています。

なぜ国際標準化が国家戦略になるか

 近代の工業技術の国際的な標準化は、ヨーロッパ各国からはじまった。一つの大陸内に隣接した国々に、社会的なインフラである電気、通信、鉄道、水道などを整備する際に、国単位の規格の乱立では大きな問題が生ずるため、各国共通の規格で統一する必要がある。また、これらのインフラを構成する機械、建設、度量衡などの計測手段なども共通の規格が必要になる。ヨーロッパの国々にとっては、工業技術の進歩によって国際標準化を進めることが必然となった。 それに対して、アメリカや島国である日本では、国家としての標準は必要であっても、国際標準化の必要性は強くは認識されなかった。
 技術や産業の進展に伴い、地球規模の規格統一が20世紀の標準化の重要課題となる。20世紀後半から今世紀にかけて、多くの工業製品の市場は地球規模に拡大した。地球規模の市場を構築するには、市場の提供する製品の規格、製品に関連する社会インフラの仕組みが標準化されていなければならない。
 各国は自国の輸出する製品やそれに伴う社会的なインフラを積極的に他国に普及・浸透させることで、大きな市場を獲得することができる。そこに各国が国際標準として自国に有利な標準を策定しようとする訳がある。すなわち国際標準化には、各国の経済政策上の戦略的価値がある。
 20世紀後半、家電製品や自動車などの消費者市場では、ISOなどのいわゆるデジュール国際標準は大きな役割を果たしていなかった。むしろデファクトという市場を占有する企業やコンソーシアムの定めた規格が国際標準の地位を占めることが多かった。しかし、2000年前後から、コンピューターや通信や通信技術の発展のおかげで、新たな情報インフラが成立をはじめ、そこでの国際標準規格の決まり方に、各国が多大な関心を持つようになる。
 また、1995年のWTO/TBT協定で、デジュールの国際標準と国内標準の整合をとる必要が生まれ、WTO/GP協定では、政府調達に関して国際標準の適合したものを優先調達するルールも規定された。現在では国際標準に準拠していることが地球規模の市場を想定した製品の最低条件となっている。従って、輸出市場を継続的に獲得するためにも、各国は国際標準の策定のされ方、自国(自国の企業)に有利な標準を積極的に提案する、自国に不利な標準の成立をできる限り排除する努力を行っている。
 様々な製品の競争力は技術力から生まれ、標準化はその後を追うのが理想である。しかし、技術力だけでは自国に有利な国際標準化を進められない。国際標準を獲得するためには、標準を要望する国や企業の戦略が必要となる。
 これまで国際標準化におけるプレーヤーは、ヨーロッパ、アメリカ、日本であった。現在は中国、韓国が新たなプレーヤーとして参加し、より複雑な国家間の主導権争いがはじまっている。

EUの国際標準化戦略

 国際標準化におけるヨーロッパ各国は、域内市場の統合という観点から、域内貿易の障害をなくすために様々な標準の統一に20世紀初頭から取り組んでいる。またほとんどの国際標準化機関は、こうしたヨーロッパの経験のもとに設立されたため、ヨーロッパ域内標準化機関(CEN、CENELEC、ETSI)と国際標準化機関(ISO、IEC、ITU)は各種の協定によって強く結びついている。
 それと同時に国際標準化機関の投票制度下では、ヨーロッパの各国が当然一票を持つ。ヨーロッパ域内での合意が得られれば、国の多数決で意思決定が行われる国際標準化の世界では、非常に有利な立場となる。特にISO/IECでは参加国の既存国家規格を国際規格として提案できるFTP制度(ファストトラック)があり、最終的には各国の投票が必要であるが、審議プロセスの簡略化が可能である。この制度を活用して多くの域内国家規格や共通規格を国際的なISO/IEC規格に格上げしている。
 ヨーロッパ企業は、域内の標準化がすなわち国際標準化であるため、域内競争力、国際競争力を強化するため、国際標準化へ積極的に取り組んでいる。それを支えるEU 委員会は、域内標準化の成果を国際標準化活動に反映し、2004 年にヨーロッパ企業の域外市場における競争力強化に促進する政策を打ち出している。「The role of European standardisation in the framework of European policies and legislation」がそれであり、2005年には実行のための「Action plan for Europeanstandardisation」が公表され、以後毎年ローリング方式で計画の改定が行われている。2013年現在では2012年版が最新である。また、情報技術の分野では、「ICT Standardisation Work Programme」が2006年以降毎年策定されている。最新の2012年版では、健康、医療機器、交通などの分野とともに、持続的成長のためのICTが標準化の課題となっている。
 ヨーロッパの戦略は長期的な視点で国際標準化を捉えており、各国政府は研究活動を支援するフレームワークを構築し、域内のいくつかの大企業が大学・研究機関と連携をして、研究の開始時点から国際標準化をスコープにいれた計画を立てている。また、長期的に国際標準化活動を専門に担当する人材を育成し、企業の内部で活動するだけでなく、専門コンサルタントなどの養成を行っている。

アメリカの国際標準化戦略

 アメリカは、企業の市場競争メカニズムを中心に動いており、標準化も政府主導というよりも、その分野の専門家、あるいは関連機関が集まり設立した標準化団体が中心で活動している。その代表例はIEEE、ASME 、ASTM Internationalなどである。こうした団体で討議され標準案として作成された規格を、ANSI(American National Standards Institute) がアメリカ標準規格として認証する構造である。民間団体であるASTM International や、学会であるIEEE はアメリカの代表のみではなく、国際的な機関として、実質的な国際標準化活動を行っている。
 同時にデファクト規格を策定するための、様々なフォーラムやコンソーシアムがアメリカ中心に設立され、活発な活動と競争を繰り広げている。OMGやW3Cなどがその代表例である。これらの団体は規格制定までに時間のかかる国際標準では間に合わない、技術の進歩が急速な分野(Web、XML...)で事実上デファクト国際標準策定団体となっている。
 1995 年のWTO/TBT 協定で、国際標準が各国の国内標準のベースとすることが規定され、21世紀に入り中国の大市場がWTOに加盟したなどの理由で、アメリカ政府も国際標準化の活動に、より積極的に取り組んでいる。商務省は2003 年に「標準化イニシアティブ」を策定し、政府と関連機関の連携強化を実施している。これに基づいて、主要産業分野で企業を政府の参加する「基準認証ラウンドテーブル」を設置し、商務省に基準認証担当部門を設け、他国の標準がその国の市場でアメリカ企業の活動の妨げとなることを防いでいる。
 現在のアメリカの国家的な標準化政策には、産業分野、貿易分野での主導権を確保するだけでなく、新たな課題にも対応している。2001年のニューヨークの9.11事件をきっかけにした国際的なテロリズム対策として、ISO/TC223(社会セキュリティ)における社会セキュリティーマネジメントや、社会セキュリティ技術の標準化の方向付けに深く関与している。また同様に、ICAO(国際民間航空機関)によるICパスポートの標準化、ISO/IECのSC37におけるバイオメトリックス認証の標準化などにも主導的な役割を果たしている。

我が国の「国際標準化アクションプラン」

 ヨーロッパにおけるEUおよび主要国、アメリカは、国際標準化策定のプロセスに、それぞれの技術戦略、産業戦略にもとずいた様々な働きかけや活動を行っている。また近年は世界市場における工業製品のシェア拡大が著しい韓国、中国も、政府主導で、国際標準化の活動に積極的に参加している。
 わが国政府も1995年のWTO/TBT協定におけるデジュール標準の重要性を強く認識し、国際標準提案を積極的に行っていくこと、ISO、IECの関係委員会で日本の発言力を高めることを目的に、2010年に経済産業省が「知的財産推進計画2010」を策定し、その戦略の第一として、2020年を目標年とした以下の四つの目標指標を掲げている。
①国際標準化特定戦略分野において、標準化ロードマップを含む知的財産マネジメントを核とした競争力強化戦略を策定・実行する。
②国際標準化機関で議長や主査になり得る実力を有した国際標準化活動の専門家を若手を中心に育成する。(800人)
③国際標準化機関における幹事国引受け件数を増加させる。(150件)
④環境保護や「安全・安心」実現に評価方法や規格・基準が重要となる分野において、国際標準を獲得する。(新たに5分野)  

「知的財産推進計画2010」で示されている特定戦略分野とは、以下に示す7分野であり、多くの分野が情報技術なしには技術革新が進まない分野である。
①先端医療分野(iPS細胞、ゲノム、先端医療機器)
②水
③次世代自動車
④鉄道
⑤エネルギーマネジメント(スマートグリッド、創エネ・省エネ技術、蓄電池)
⑥コンテンツメディア(クラウド、3D、デジタルサイネージ、次世代ブラウザ)
⑦ロボット
 この「知的財産推進計画2010」のもと、2013年では「戦略的国際標準化加速事業」が約15億円で予算化され、各国際標準化にかかわる各種活動を支援している。

(2013年12月)

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