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    ―AIやIOT、DXは、どこから来てどこへ行くのか―➁

2019.12. 6

西郷正宏(日本システムウエア(株))

【論文】情報産業史から見たITトレンドの本質と意義
―AIやIOT、DXは、どこから来てどこへ行くのか―➁

昨今、AIやIOT、DX(デジタルトランスフォーメーション)など、IT(情報技術)に関連する略語や外来語がトレンドワード(流行語)として氾濫しているといわれる。以前からIT業界内では略語や外来語が業界用語や技術用語として常用されていたが、今やビジネス用語や日常用語として一般紙にも頻繁に登場していることが、以前までとは違う点である。 本論は、1970年代から技術者(システムエンジニア)として情報システムの開発や運用に携わり、その後も経営企画や広報などのスタッフとして40年以上にわたってIT業界に身を置いてきた者として、周囲で生まれては消えていった数多くのITトレンドについて、その表面上の意味ではなく、言葉の奥にある本質と意義について考察を試みたものである。(全4回) ※(一社)日本経営管理学会「経営管理研究」第9号掲載

①【~1970年代】はこちら

1980年代】主への隷属か客への奉仕か

(1)クライアント/サーバ・モデルの誕生

1980年代に入るとビジネスにおけるコンピュータの用途は急速に拡大した。従来は空調設備が完備した専用室に設置され専門技術者しか触れることができなかった大型汎用機(メインフレームマシン)がホスト(主人)コンピュータとして1台設置され、これに多数のターミナルマシン(端末機器)を接続して利用するスタイル(マスタ/スレーブ・モデル)しかなかった。しかし特別な設備工事も不要で事務機器のようにオフィスに設置できる小型汎用コンピュータであるオフコン(オフィスコンピュータ)が普及したことで、必要な部署毎にコンピュータを設置して利用できるようになった。この流れはさらにオフィスレベルのオフコンから個人レベルのパソコン(パーソナルコンピュータ)へと進展し、社員1人ひとりがコンピュータパワーを行使しネットワークを駆使して社内のサービス専用コンピュータ(サーバマシン)を利用するスタイル(クライアント/サーバ・モデル)へと移っていった。

(2)聖徳太子がドラえもんになる革命的転換

マスタ/スレーブ・モデルのマスタとは主(あるじ)であり、スレーブとはそれに隷属する存在を表わしている。データ処理上の制御や操作を司るマスタマシンと、その制御下で動作するスレーブマシンが1:nの関係で動作する。例えるなら"同時に10人の相談を聞くことが出来た"といわれている聖徳太子のような賢者がマスタとして中央に存在し、その周囲には賢者に教えを乞う民衆がスレーブとして取り巻いて問題(データ)を抱え、解決策(処理結果)を求めているような構図である。

一方でクライアント/サーバ・モデルのクライアントとは顧客であり、サーバは給仕である。つまり顧客である複数のクライアントマシンのオーダー(注文)に応じて、給仕であるサーバマシンは求められた料理や飲み物を運ぶように、メール送受信やファイル閲覧や印刷など様々なデータ処理サービスをn:1の関係で提供する。

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マスタ/スレーブ・モデルが聖徳太子と民衆に例えられるとすれば、クライアント/サーバ・モデルはドラえもんがのび太達の要求に応じ、お腹のポケットから様々な道具を出して提供するようなイメージだろうか。聖徳太子は周囲から偉い人として敬われるが、ドラえもんは給仕と同じで重宝がられても顧客の方が偉いのである。人間社会においては、一部の権力者が支配している封建主義国家で一般市民が知識や情報や行動力などのパワーを持つと市民革命が起こることがあるが、ITの世界においても1980年代には聖徳太子がドラえもんになってしまうほどのパラダイムシフトが起こっていたのである。

しかしクライアント/サーバ・モデルもマスタ/スレーブ・モデルも技術的には何ら変わらないため、私を含む多くの技術者にとって、その構図(パラダイム)の逆転には殆ど関心がないか気付いていなかっただろうと思われる。

1990年代】雲の上か現場の縁か

(1)集中処理と分散処理は糾える縄の如し

ネットワークによる情報処理は、演算や記憶、制御などが行える「ホスト(主人)コンピュータ」と、キーボードや表示画面、プリンタなどの入出力装置を備えた複数の「端末機器」を回線でつなぐことから始まった。

当初の端末機器は演算や記憶や制御などの機能を司るCPU(中央演算処理装置)を持っていなかったため、データ処理は全てホストコンピュータで行う「集中処理」しかなかった。その後、CPUを備えた端末機器(インテリジェントターミナル)の出現や端末機器自体がパソコンやワークステーションという独立したコンピュータになることで「分散処理」が可能となった。

以降は、「分散処理」で端末機器のパワーがボトルネックに陥ると、今度はネットワーク回線速度の向上やホストコンピュータのパワーアップなどで「集中処理」に向かう、という具合に両者は糾える縄の如く行き来することになる。

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(2)インターネットは地球規模の分散処理

1990年代はインターネットの黎明発展期であった。1991年に世界初のWebサイトが誕生し、1994年にyahooamazon.comが時を同じくして誕生。1997年にはGoogleが誕生し、1999年には日本独自だがモバイル端末でのインターネット利用の先駆けであるiモードも登場している。つまり1990年代はインターネットが始動、普及、定着した10年だったといえるだろう。

インターネットとはまさに"ネットワークのネットワーク"であり、従来のホストコンピュータと端末機器によるオンライン処理やパソコン通信などのようなクローズドな通信ではなく、接続さえすれば地球規模でどこかのデータベースやマシンパワーが利用できる。文字通り雲の上で誰かが処理してくれるようなのでクラウドコンピューティングと呼ばれるが、これはインターネットの地球規模の網(World Wide Web)による「分散処理」形態といえよう。

(3)クラウド&エッジコンピューティング

クラウドコンピューティングが加速してネット上に大量のデータが流れると今度は通信速度がボトルネックになる。現在、5G(ファイブジー)と呼ばれる第5世代移動通信技術の実用化が進んでいるが、全てのデータをネットに送り込んでクラウドで処理しようとするのも無理がある。クルマの自動運転などでは、障害物を感知したセンサーに近い現場側(エッジ)で処理しないと衝突しかねない。このようにクラウドコンピューティングという「分散処理」にはエッジコンピューティングも必要になるのである。

その一方で、パソコンなどのクライアント(端末)側にはデータ等を一切置かずにデータ処理の殆どをネットワークで行うシンクライアント (Thin client) という「集中処理」形態も登場し、これはパソコンの紛失や盗難等の情報セキュリティ対策上も有効だということで多くの企業に普及している。このように「集中処理」と「分散処理」は両立するトレンドでもある。

・・・③に続く

【参考文献等】M.E.ポーター「競争の戦略」土岐坤:訳、ダイヤモンド社、1982
R.T. デラマーター「ビッグブルー IBMはいかに市場を制したか」青木栄一:訳、 日本経済新聞社、1987
・マイクロソフトプレス編「実録!天才プログラマー」岡和夫:訳、アスキー出版、1987
・西郷正宏「NSWの戦略市場計画」早稲田大学システム科学研究所、1988
・チャールズ・ワイズマン「戦略的情報システム 競争戦略の武器としての情報技術」土屋守章、辻新六:訳、ダイヤモンド社、1989
Alan Curtis Kay「アラン・ケイ」鶴岡雄二:翻訳、浜野保樹:監修、アスキー出版、1992
・坂村健「痛快!コンピュータ学」集英社、1999

#IT業界#論文

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